算術期待値と複利成長
1期間の戦略収益をR、資産のうち賭ける割合をfとすると、資産は加算ではなく乗算で変化します。
E[R]>0でも、E[log(1+fR)]は負になり得ます。たとえば50%の資金を賭け、60%の確率で+100%、40%の確率で−100%なら、1回の算術期待収益率は+10%です。しかし対数成長率は次の通り負です。
小さい収益で2次近似すると、ボラティリティ・ドラッグが見えます。
右端の近似は|R|が小さく、さらにμ²を無視できる場合のものです。連続時間の幾何ブラウン運動(GBM:価格の対数がブラウン運動に従うとする、価格の基本モデル)では対応する関係が厳密に現れますが、大きな損失、歪み、厚い尾、自己相関がある実収益へ機械的に適用せず、標本のlog(1+fR)を直接計算します。
時間平均とアンサンブル平均
多数の独立した人の1期間後資産を平均するアンサンブル平均と、一人が同じ過程を長期間たどる時間平均は、乗算過程では一致しないことがあります。
極端な勝者がE[WT]を押し上げても、多くの経路が大幅DDや破産へ向かうことがあります。実運用者は一つの資産経路しか歩けないため、平均最終資産だけでなく、中央値、下位分位、最大DD、回復期間、破産率を見ます。
| 集計 | 答える問い | 弱点 |
|---|---|---|
| E[R] | 1期間の平均収益は正か | 複利経路を無視 |
| E[WT] | 多数経路の平均最終資産 | 少数の巨大勝者に敏感 |
| E[log(1+fR)] | 長期的な幾何成長率 | 分布推定誤差に敏感 |
| 下位分位・DD | 悪い経路で耐えられるか | 期間と依存構造に依存 |
Kelly基準を導出する
勝率p、敗率q=1−p、勝てば賭け金1に対して純利益b、負ければ賭け金を失う二値モデルを考えます。資金比率fを賭けたときの期待対数成長率は次です。
fで微分し、g′(f)=0を解きます。
f*<0なら、その賭けをロングするKelly解はありません。f*=0.2だから「毎回資産の20%を損切りまで失ってよい」と即断もしません。これはpとbを正確に知り、各賭けが同じ分布から来る理想モデルです。
一般の収益分布とポートフォリオ
一般の戦略収益Rでは閉形式がないことが多く、許容範囲内で次を数値最大化します。
すべての標本で1+fR>0が必要です。標本最悪損失だけで上限を決めると、未観測の尾部を無視します。ストレス損失、ギャップ、スプレッド拡大、レバレッジ規制を制約集合Fへ入れます。
複数戦略の収益ベクトルrと配分ベクトルwでは、
近似式は期待収益μと共分散Σの誤差を増幅します。相関が1未満というだけでSharpeが必ず改善するわけではなく、期待収益、符号、配分、コスト、危機時相関を同時に確認します。
推定誤差とFractional Kelly
実務ではp、b、μ、Σを推定します。Kellyは目的関数の頂点付近よりも、過大配分側の誤差が危険です。エッジを過大推定すると、真のKelly点を越えて成長率を急減させます。
Half Kellyならλ=0.5ですが、0.5自体に普遍的な根拠はありません。λは次の制約から事前に決めます。
- OOSまたは保守的事後分布でのエッジ下限
- コスト・滑り・ギャップのストレス
- CPCV各経路での最大DDと破産率
- 許容レバレッジ、証拠金、流動性
- 既存ポートフォリオとの危機時相関
0.1、0.2、…、1.0を比較して最も良いDDやCAGRを選べば、新しいパラメータ探索です。候補数をNへ加え、最終OOSでは一度だけ評価します。
DD・破産・制約
Kellyは長期対数成長率を最大化しますが、有限期間のDDを最小化しません。運用者の目的関数が「20%DD以内」「証拠金維持」「一定期間で資金を使う」なら、制約付き問題にします。
DD確率は時系列依存を保つブロック・ブートストラップや、事前登録したストレス経路で評価します。過去に破産がなかったことは、将来の破産確率0を意味しません。
| 配分 | 長所 | 主な危険 |
|---|---|---|
| Full Kelly | 真の分布下で最大長期成長 | 推定誤差・DDが大きい |
| Fractional Kelly | 過大推定への余裕 | λの後付け最適化 |
| 固定リスク率 | 運用規則が単純 | エッジ変化を反映しない |
| DD制約付き | 実務目的へ近い | 尾部・依存推定が必要 |
検証プロトコルへ接続する
資金配分は、戦略の統計検証を通過した後に設計します。Kellyを使って弱いエッジを正当化しません。
- コスト後期待値、DSR≥0.95、purged OOS、CPCV/PBO、SSR、レジーム条件付き安定性を確認する。
- 配分目的を対数成長、DD上限、破産率、証拠金制約として事前登録する。
- Full Kelly、使用λ、ストレス条件、配分上限を報告する。
- 最終OOSで配分込みの経路を一度だけ評価する。
- デモ→少額で滑り・証拠金・心理介入を確認し、通常配分へ段階移行する。
DSRは「探索後でもエッジが十分か」、Kellyは「仮定した分布の下で何割を配分するか」を問います。どちらも他方の代わりになりません。
- 算術平均と幾何成長率を区別した
- log(1+fR)が全標本・ストレスで定義できる
- Full Kellyをそのまま推奨していない
- OOS推定とコスト後収益を使った
- λと配分上限を結果を見る前に固定した
- DD・破産率・証拠金制約を併記した
- 配分候補の比較数をNへ反映した
ミニテスト
4問で確認します。
Q1. 正の算術期待値があれば必ず長期成長する?
乗算資産では賭ける割合が成長率を変えます。
Q2. Kellyが最大化するものは?
E[log(1+fR)]を最大化します。
Q3. Full Kellyが実務で危険な主因は?
エッジの過大推定は過大配分へ直結します。
Q4. λを10通り試して最良を選んだ場合は?
選択を伴う配分探索も試行です。
参考資料
原典は Kelly, A New Interpretation of Information Rate。直感と実装例はQuant GuildのErgodicity for Quant Trading、How to Trade with the Kelly Criterion、How Volatility Drag Destroys (and Creates) Wealthを参照してください。