尺度τのリターン
価格P(t)の対数をp(t)=ln P(t)とし、時間幅τの対数リターンを次で定義します。
τを1分、5分、1時間、1日と変えたとき、rτの分布がどう変化するかを調べます。 ブラウン運動のような単純な自己相似過程では、尺度をa倍すると振幅はaH倍になり、1つのHurst指数Hで全体を表せます。
≍は有限次元分布が等しいことを表します。標準ブラウン運動ならH=1/2です。
- H = 0.5:ブラウン運動型の基準。
- H > 0.5:持続性を示唆。ただし非定常トレンドでも大きく見える。
- H < 0.5:反持続性を示唆。ただしマイクロストラクチャー・ノイズでも小さく見える。
1つのHだけで小変動と大変動を同時に説明できないとき、qごとに指数を変える一般化へ進みます。
構造関数とζ(q)
q次の絶対モーメントを、尺度τごとに計算した構造関数を考えます。
log–log回帰の傾きがζ(q)。qが大きいほど大変動、qが負なら小変動を強く重み付けします。
| 構造 | ζ(q) | 意味 |
|---|---|---|
| 独立Gaussianランダムウォーク | ζ(q)=q/2 | 直線。H=1/2 |
| 一般のモノフラクタル | ζ(q)=qH | 1つのHで全qを説明 |
| マルチフラクタル | ζ(q)が非線形 | 変動の強さごとに異なるスケーリング |
定常増分を仮定する単純な記法では、一般化Hurst指数をH(q)=ζ(q)/qと置けます。H(q)がqに依存すればマルチスケーリングの候補です。
特異性スペクトルf(α)
ζ(q)の非線形性を、局所的な粗さαと、その粗さを持つ集合の次元f(α)へ変換します。Legendre変換を使います。
1次元時系列の記法。文献の定義によって+1やτ(q)との関係が変わるため、採用規約を明記します。
- 狭いスペクトル:ほぼ単一の粗さ。モノフラクタルに近い。
- 広いスペクトル:多様な局所スケーリング。ただし有限標本でも幅はゼロにならない。
- 左右の非対称:小変動側と大変動側でスケーリングの多様性が異なる候補。
Δαを1つ出して終わりにせず、bootstrap信頼区間と、同じ長さ・同じ分布を持つ対照系列との差を報告します。
MFDFAの計算手順
Multifractal Detrended Fluctuation Analysis(MFDFA)は、トレンドを局所的に除去しながらh(q)を推定する代表的手順です。
1. プロファイルを作る
2. 長さsの区間へ分割し、局所トレンドを除く
Nがsで割り切れない端点を捨てないよう、先頭と末尾の両側から分割して合計2Ns区間を作ります。各区間νでm次多項式yν,mをfitします。
3. q次の変動関数を集約する
4. スケーリング範囲でh(q)を推定する
定常なfGn型系列と非定常なfBm型系列では、DFA指数とHurst指数の対応が1だけずれることがあります。入力が価格、リターン、絶対リターンのどれか、積分プロファイルを何回作ったか、文献の定義を必ず記録してください。
Multifractal Random Walk
Bacry・Delour・MuzyのMultifractal Random Walk(MRW)は、短期ショックεへ、長い相関を持つ対数ボラティリティωを掛ける考え方です。 方向ショックが予測不能でも、変動の大きさに長い記憶を持たせられます。
εは短期ノイズ、ωは対数ボラティリティ、λ²は間欠性、Tは積分スケール。
よく使われる正規化の一つでは、MRWのスケーリング指数はqに対して放物線になります。
平均調整とパラメータ定義で式の表現は変わります。論文・実装間でλ²をそのまま比較しないでください。
λ²=0ならζ(q)=q/2となり、ブラウン運動型の直線へ戻ります。λ²が正なら大きなqほど直線から曲がり、強い間欠性を表します。
マルチフラクタル性の発生源を分ける
観測されたh(q)の変化には、少なくとも2つの原因があります。
- 分布由来:ファットテールや極端値により、q次モーメントの推定が尺度ごとに不安定になる。
- 相関由来:大小の変動の並び方、長期記憶、非線形依存が尺度構造を作る。
| 系列 | 保つもの | 壊すもの | 比較の意味 |
|---|---|---|---|
| 原系列 | 分布・線形/非線形依存 | なし | 観測された総効果 |
| シャッフル系列 | 周辺分布 | 時間順序と相関 | 分布だけで残る幅 |
| 位相ランダム化サロゲート | 概ね線形相関とスペクトル | 非線形構造、分布の一部 | 線形相関だけでは説明できない差 |
各対照を1本だけ作らず、同じNの系列を多数生成してΔα、h(q)、ζ(q)の帰無分布を作ります。
FXデータでの検証プロトコル
- 対象を固定:通貨ペア、Bid/Mid、足種、期間、タイムゾーン、週末除外を事前登録する。
- 季節性を処理:時刻別ボラティリティを推定し、ロンドン開始やロールオーバーの周期成分を分離する。
- スケール集合を固定:smin、smax、対数間隔、最低区間数を結果を見る前に決める。
- q範囲を固定:大きい正qは少数の極端値、負qは小変動と価格刻みに支配される。複数の妥当な範囲で頑健性を確認する。
- 多項式次数mを固定:mを上げるほど柔軟だが、短いsで自由度を消費する。
- 回帰診断:log Fq(s)対log sの残差、折れ曲がり、局所傾き、scale別標本数を報告する。
- 対照系列:shuffle・surrogate・既知のmonofractal simulationと比較する。
- 不確実性:block bootstrapでh(q)、Δα、λ²の信頼区間を出す。
- 分割をずらす:年、レジーム、データ配信元を変え、同じスペクトルが残るか確認する。
最も直線に見える区間だけを選べば、ほぼどの系列にも「美しい」指数を作れます。候補範囲の試行数を記録し、近傍の範囲へずらした感度を必ず示してください。
売買へ接続するときの限界
マルチフラクタル分析が直接答えるのは、変動の分布と尺度構造です。次の足の符号、エントリー価格、損切り位置は答えません。 売買へ使うなら、例えば「推定λ²やΔαの上昇後は将来実現ボラティリティが高い」という別の予測仮説へ変換します。
既存の実現ボラティリティだけを使う基準モデルに対し、Δαの限界寄与をpurged OOSで比較します。
- 窓w、q範囲、scale範囲、m、予測期間hはすべて試行Nへ加える。
- 比較対象は単純な履歴ボラティリティ、HAR、GARCHなど事前に固定する。
- 方向予測へ使うなら、符号のないΔαがなぜ方向を予測するのか経済的仮説が必要。
- OOS改善が統計的にあっても、売買コストとポジション制約を含めて判断する。
チェックリスト
- 入力系列と定常性、積分回数を明記した
- q・s・mを結果を見る前に固定した
- ζ(q)の非線形性を信頼区間付きで示した
- shuffle・surrogate・有限標本対照と比較した
- 日中季節性、週末、DST、価格刻みを処理した
- マルチフラクタル性と売買エッジを分けた
- 特徴量として使う場合は基準モデルへのOOS限界寄与を測った
ミニテスト
Q1. モノフラクタルとマルチフラクタルをζ(q)で区別すると?
1つのHならζ(q)=qHの直線です。qごとに有効指数が変わると湾曲します。
Q2. シャッフル系列が保つものは?
原系列との差から時間依存の寄与を、残った幅から分布・有限標本の寄与を調べます。
Q3. 負のqを大きく使うと何に敏感になる?
負qはF²の小さい区間を強く重み付けするため、微小値とデータ精度に不安定です。
Q4. Δαが将来ボラティリティを予測するか調べる正しい方法は?
既存の履歴ボラティリティ等を超える情報かを、漏洩を除いた未見期間で確認します。
参考資料
- Mandelbrot, Fisher and Calvet, A Multifractal Model of Asset Returns(1997)
- Bacry, Delour and Muzy, Multifractal Random Walk(2001)
- Kantelhardt et al., Multifractal Detrended Fluctuation Analysis of Nonstationary Time Series(2002)
- 概説は単発記事効率的市場仮説とはを参照。