尺度τのリターン

価格P(t)の対数をp(t)=ln P(t)とし、時間幅τの対数リターンを次で定義します。

rτ(t) = p(t+τ) − p(t) = ln[P(t+τ) / P(t)]

τを1分、5分、1時間、1日と変えたとき、rτの分布がどう変化するかを調べます。 ブラウン運動のような単純な自己相似過程では、尺度をa倍すると振幅はaH倍になり、1つのHurst指数Hで全体を表せます。

X(at) ≍ aHX(t)

≍は有限次元分布が等しいことを表します。標準ブラウン運動ならH=1/2です。

1つのHだけで小変動と大変動を同時に説明できないとき、qごとに指数を変える一般化へ進みます。

構造関数とζ(q)

q次の絶対モーメントを、尺度τごとに計算した構造関数を考えます。

Sq(τ) = E[|rτ(t)|q] Sq(τ) ∝ τζ(q) log Sq(τ) = cq + ζ(q) log τ

log–log回帰の傾きがζ(q)。qが大きいほど大変動、qが負なら小変動を強く重み付けします。

構造ζ(q)意味
独立Gaussianランダムウォークζ(q)=q/2直線。H=1/2
一般のモノフラクタルζ(q)=qH1つのHで全qを説明
マルチフラクタルζ(q)が非線形変動の強さごとに異なるスケーリング

定常増分を仮定する単純な記法では、一般化Hurst指数をH(q)=ζ(q)/qと置けます。H(q)がqに依存すればマルチスケーリングの候補です。

H(q) = ζ(q) / q H(q)=一定 → モノフラクタル  H(q)が変化 → マルチフラクタル候補
尺度ごとの傾きをq別に集める log τlog Sq(τ)傾き ζ(q) qζ(q)直線:mono湾曲:multi
各qのlog–log傾きζ(q)を並べ、直線性からのずれを見る

特異性スペクトルf(α)

ζ(q)の非線形性を、局所的な粗さαと、その粗さを持つ集合の次元f(α)へ変換します。Legendre変換を使います。

α(q) = dζ(q) / dq f(α) = qα − ζ(q) + 1 Δα = αmax − αmin

1次元時系列の記法。文献の定義によって+1やτ(q)との関係が変わるため、採用規約を明記します。

Δαを1つ出して終わりにせず、bootstrap信頼区間と、同じ長さ・同じ分布を持つ対照系列との差を報告します。

MFDFAの計算手順

Multifractal Detrended Fluctuation Analysis(MFDFA)は、トレンドを局所的に除去しながらh(q)を推定する代表的手順です。

1. プロファイルを作る

Y(i) = Σk=1i[xk − x̄], i=1,…,N

2. 長さsの区間へ分割し、局所トレンドを除く

Nがsで割り切れない端点を捨てないよう、先頭と末尾の両側から分割して合計2Ns区間を作ります。各区間νでm次多項式yν,mをfitします。

F²(ν,s) = (1/s) Σi=1s{Y[(ν−1)s+i] − yν,m(i)}²

3. q次の変動関数を集約する

Fq(s) = { (1/2Ns) Σν=12Nₛ[F²(ν,s)]q/2 }1/q, q ≠ 0 F0(s) = exp{ (1/4Ns) Σν=12Nₛ ln[F²(ν,s)] }

4. スケーリング範囲でh(q)を推定する

Fq(s) ∝ sh(q) τ(q) = qh(q) − 1 α = dτ/dq, f(α) = qα − τ(q)
h(q)とH(q)の規約を混ぜない

定常なfGn型系列と非定常なfBm型系列では、DFA指数とHurst指数の対応が1だけずれることがあります。入力が価格、リターン、絶対リターンのどれか、積分プロファイルを何回作ったか、文献の定義を必ず記録してください。

Multifractal Random Walk

Bacry・Delour・MuzyのMultifractal Random Walk(MRW)は、短期ショックεへ、長い相関を持つ対数ボラティリティωを掛ける考え方です。 方向ショックが予測不能でも、変動の大きさに長い記憶を持たせられます。

rΔt(t) = εΔt(t) exp[ωΔt(t)] Cov[ω(t),ω(t+τ)] ≈ λ² ln[T/(τ+Δt)], Δt ≤ τ ≤ T

εは短期ノイズ、ωは対数ボラティリティ、λ²は間欠性、Tは積分スケール。

よく使われる正規化の一つでは、MRWのスケーリング指数はqに対して放物線になります。

ζ(q) = q/2 − (λ²/2)q(q−2)

平均調整とパラメータ定義で式の表現は変わります。論文・実装間でλ²をそのまま比較しないでください。

λ²=0ならζ(q)=q/2となり、ブラウン運動型の直線へ戻ります。λ²が正なら大きなqほど直線から曲がり、強い間欠性を表します。

マルチフラクタル性の発生源を分ける

観測されたh(q)の変化には、少なくとも2つの原因があります。

  1. 分布由来:ファットテールや極端値により、q次モーメントの推定が尺度ごとに不安定になる。
  2. 相関由来:大小の変動の並び方、長期記憶、非線形依存が尺度構造を作る。
系列保つもの壊すもの比較の意味
原系列分布・線形/非線形依存なし観測された総効果
シャッフル系列周辺分布時間順序と相関分布だけで残る幅
位相ランダム化サロゲート概ね線形相関とスペクトル非線形構造、分布の一部線形相関だけでは説明できない差

各対照を1本だけ作らず、同じNの系列を多数生成してΔα、h(q)、ζ(q)の帰無分布を作ります。

FXデータでの検証プロトコル

  1. 対象を固定:通貨ペア、Bid/Mid、足種、期間、タイムゾーン、週末除外を事前登録する。
  2. 季節性を処理:時刻別ボラティリティを推定し、ロンドン開始やロールオーバーの周期成分を分離する。
  3. スケール集合を固定:smin、smax、対数間隔、最低区間数を結果を見る前に決める。
  4. q範囲を固定:大きい正qは少数の極端値、負qは小変動と価格刻みに支配される。複数の妥当な範囲で頑健性を確認する。
  5. 多項式次数mを固定:mを上げるほど柔軟だが、短いsで自由度を消費する。
  6. 回帰診断:log Fq(s)対log sの残差、折れ曲がり、局所傾き、scale別標本数を報告する。
  7. 対照系列:shuffle・surrogate・既知のmonofractal simulationと比較する。
  8. 不確実性:block bootstrapでh(q)、Δα、λ²の信頼区間を出す。
  9. 分割をずらす:年、レジーム、データ配信元を変え、同じスペクトルが残るか確認する。
スケーリング範囲を後から選ばない

最も直線に見える区間だけを選べば、ほぼどの系列にも「美しい」指数を作れます。候補範囲の試行数を記録し、近傍の範囲へずらした感度を必ず示してください。

売買へ接続するときの限界

マルチフラクタル分析が直接答えるのは、変動の分布と尺度構造です。次の足の符号、エントリー価格、損切り位置は答えません。 売買へ使うなら、例えば「推定λ²やΔαの上昇後は将来実現ボラティリティが高い」という別の予測仮説へ変換します。

RVt+1:t+h = β0 + β1Δαt + β2RVt−w:t + εt+h

既存の実現ボラティリティだけを使う基準モデルに対し、Δαの限界寄与をpurged OOSで比較します。

チェックリスト

ミニテスト

Q1. モノフラクタルとマルチフラクタルをζ(q)で区別すると?

1つのHならζ(q)=qHの直線です。qごとに有効指数が変わると湾曲します。

Q2. シャッフル系列が保つものは?

原系列との差から時間依存の寄与を、残った幅から分布・有限標本の寄与を調べます。

Q3. 負のqを大きく使うと何に敏感になる?

負qはF²の小さい区間を強く重み付けするため、微小値とデータ精度に不安定です。

Q4. Δαが将来ボラティリティを予測するか調べる正しい方法は?

既存の履歴ボラティリティ等を超える情報かを、漏洩を除いた未見期間で確認します。

参考資料