帰無仮説とは
帰無仮説は、検証を始めるときの基準です。トレードルールなら「この条件は比較対象より良い結果を生まない」と置きます。利益が出ることを証明しに行くのではなく、エッジなしでは説明しにくい差があるかを調べます。
帰無仮説を棄却できなかったことは「絶対に効かない」という証明ではありません。今のデータと検定では、偶然との差を十分に区別できなかった、という意味です。
比較対象をそろえる
比較対象は、調べたいルール以外の条件をなるべく同じにします。
- 方向比率:買い80%・売り20%なら比較側も同じにする。
- 保有時間:8本保有なら比較側も8本にする。
- 曜日・時間帯:ロンドン序盤のルールを24時間の平均と比べない。
- コスト:両方へ同じスプレッド、手数料、滑りを入れる。
- 回数:シグナル数が同程度になるようにする。
候補時刻を無作為に入れ替える「シグナル・パーミュテーション」は一つの方法です。ただし、時間帯や連続性を壊すと現実より簡単な比較になります。時系列の依存を残すブロック型の再標本化など、仮説に合う方法を選びます。
FXとゴールド固有の注意
FX
株式の買い持ちと同じ基準をそのまま使えません。通貨ペアには2通貨の金利差、スワップ、USDや円への共通エクスポージャー、東京・ロンドン・NYの時間帯差があります。「いつ買っても同じ」ではないので、方向と時間をそろえた比較が必要です。
ゴールド
XAU/USDは長期局面、ドル、実質金利、リスク回避、ロンドン・NY時間への依存があります。買い中心のルールなら、単なる金上昇局面の保有益とシグナルの寄与を分けます。CFDの価格配信やロール条件も記録します。
p値を誤解しない
p値は「帰無仮説が正しい確率」ではありません。帰無仮説を仮定したときに、観測結果以上に極端な結果が出る割合です。p値が小さくても、コスト後の差が小さすぎれば取引価値はありません。逆にサンプルが少ないと、実用的な差があっても検出できない場合があります。
100通りの中から最小p値だけを報告すれば、偶然の当たりを選びやすくなります。第9回で、累計試行数NとDSRによる補正を扱います。
よくある間違い
利益ゼロだけを比較対象にする
同じ方向・時間帯に持つだけでプラスになるなら、ゼロとの比較はルールの寄与を過大評価します。
無作為化で市場の構造まで壊す
ボラティリティのまとまりや時間帯を消した比較は、現実より弱い帰無分布を作ることがあります。
有意なら採用と決める
統計的な差と、コスト後に残る実用的な差は別です。両方を満たす必要があります。
実戦課題
第5回で作った仮説に、次の1行を追加します。「比較対象は、方向比率・曜日・時間帯・保有本数・コストを○○の方法で一致させる」。まだ最適な条件を選ばず、比較方法を先に固定してください。
チェックリスト
- 帰無仮説を「追加エッジなし」と書ける
- 方向比率と保有時間をそろえた
- FX・ゴールド固有のエクスポージャーを確認した
- p値を帰無仮説の確率だと誤解していない
- 統計差とコスト後の実用差を分けた
ミニテスト
4問で確認します。
Q1. 帰無仮説の基本形は?
まずエッジなしを置き、データがそれに反するかを調べます。
Q2. 良い比較対象は?
調べたいルール以外の条件をそろえます。
Q3. p値が表すものは?
帰無仮説そのものの確率ではありません。
Q4. 統計的に差があれば必ず取引できる?
統計差と実用差は別に確認します。
参考資料
データを繰り返し使ったモデル選択と比較基準については、Halbert White, A Reality Check for Data Snooping を参考にしています。