「生存者バイアス」を説明するとき、赤い点が大量についた第二次世界大戦機の図を見たことがある人は多いと思います。
よく語られるストーリーはこう。
戦闘から帰還した航空機には翼や胴体に多数の弾痕があった。軍は「弾痕の多い場所を装甲しよう」と考えた。しかし統計学者 Abraham Wald は「帰ってこなかった機体を忘れている。むしろ弾痕の少ない場所こそ致命的なのではないか」と指摘し、そこを補強するよう勧めた。
非常に分かりやすい話です。しかし、あまりに出来すぎ。出来杉君もビックリ。
そこで今回は、Wald自身 の1943年のメモ、W. Allen Wallis の回想、Howard Wainer の図、Cameron Moll の証言、Mother Jones、Wikimedia Commonsまで遡り、「どこまでが史実で、どこからが後世の可視化・脚色なのか」を確認しました。
弾痕を追っていたはずが、なぜか画像の家系図を追うハメに。
結論から言えば、有名な教訓の核心はかなり史実に近い一方、現在ネットで流通している赤い弾痕の図はWaldの実測図ではありません。しかも、ネットで実測値として紹介されることのある数値の一部も、Waldの原資料では明確に「仮想例」です。
※冒頭の有名図は、Wikimedia Commonsで広く流通している2016年のMcGeddon版と、2021年のMartin GrandjeanによるSVG版の系統です。Wikimedia自身も「hypothetical damage pattern(仮想的な損傷パターン)」と説明しています。
チャッピーによるペライチ

TL;DR:どこまで本当なのか
よく語られる内容と真偽です。
| よく語られる内容 | 今回の判定 |
|---|---|
| Waldが第二次大戦中に航空機の脆弱性を研究した | 事実 |
| 観測できるのは主に戦闘から帰還した機体だった | 事実 |
| 帰還機だけを見ると選択バイアスが生じることを考慮した | 事実 |
| 軍は帰還機で被弾の多い部分を防護しようとしていた | Wallisの1980年回想で裏付けあり |
| Waldが逆方向の推論を行った | 核心は裏付けあり |
| 「弾痕のないところを装甲せよ」と会議で言い放った | そのままの発言記録は未確認 |
| 有名な赤い点の飛行機図はWaldの原図 | 違う |
| 赤点は実際の帰還機の弾痕位置 | 違う |
| 400機中359機帰還などの有名な数値例は実戦データ | Wald資料では仮想例 |
| Howard Wainerの古い図はWald直筆の原図 | 確認できない。図自体はWainer 1989由来 |
| Waldの研究は装甲配置と無関係 | 誤り。装甲配置への利用を明記 |
1. Howard Wainerの「Sketch by Wald」は本当にWaldの原図なのか
ネット上には、Howard Wainer の1997年の著書『Visual Revelations』に掲載された航空機図を「Sketch by Wald」(Waldによるスケッチ)と説明する記事があります。これだけを見ると、Waldが戦時中に描いた原図が1997年の本に転載されたように読めます。
しかし、系譜をさらに遡ると事情が違います。
Howard Wainer は1989年に、Eelworms, Bullet Holes, and Geraldine Ferraro という論文を発表しています。その後、1992年の Understanding Graphs and Tables にも同系統の航空機の模式図が掲載されています。
1992年版のFigure 3には、航空機の簡単な模式図とともに、Waldが帰還機の被弾位置を「maps」として描いたことで装甲の結論に至った、という説明があります。
ところが、その図の注記は明確に 「From Wainer 1989」 です。
つまり、少なくとも公開資料で確認できるこの図そのものは、Waldの1943年資料をスキャンした「原図」ではなく、Wainerが1989年に発表した模式図です。
さらに後年のWainer自身の文章でも、「crudely shown in Figure 1, from Wainer, 1997, p.60」とされており、1997年版の図もWainerの説明図として扱われています。
したがって、現時点で最も慎重な表現はこうなります。
Wainerは「Waldが航空機の輪郭に帰還機の被弾位置を記録した」と説明している。しかし、現在確認できるWainerの航空機図そのものをWald直筆の戦時中原図とみなす根拠はない。
なお、『Visual Revelations』1997年版の該当ページそのものは現在の一般公開プレビューではページ画像の確認に制限があります。ただし、その一段前にあたる1989年論文と1992年の再掲図を確認できるため、「Wainer系の模式図は少なくとも1989年まで遡る」ことは確実です。
これは重要な訂正です。
「飛行機を使った可視化そのものをCameron Mollが2005年に初めて作った」という説明は正確ではありません。簡素な模式図はWainerが1989年にすでに公開していました。
一方、現在のミームに近い赤い点を大量に打った視覚表現については、Cameron Mollの2005年頃の図が重要な起点になります。
2. 赤い弾痕の図はどう広がったのか:Mother Jonesを追う
現在ネットで最もよく見る図の系譜は、おおむね次のように整理できます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1943 | WaldがSRGで航空機脆弱性に関する一連のメモを作成 |
| 1980 | Center for Naval AnalysesがWaldの8本のメモを再刊 |
| 1989 | Howard Wainerが航空機の簡素な模式図を公刊 |
| 1992 | Wainerが同系統の図を再掲。「From Wainer 1989」と明記 |
| 1997 | Wainer『Visual Revelations』で同じ逸話を紹介 |
| 2005? | Cameron Mollが航空機に架空の赤点を打った図を作成 |
| 2010 | Kevin DrumがMother Jones「The Counterintuitive World」でMollの図を紹介 |
| 2016 | McGeddonがLockheed PV-1 Venturaを使ったWikimedia版を作成 |
| 2021 | Martin GrandjeanがWikimedia版をSVG化 |
| その後 | SNS・講義資料・記事で世界的に拡散 |

Cameron Moll 本人は2022年に、この図の来歴を説明しています。
Mollによれば、2000年代初頭にWaldの話を知り、講演で問題解決を説明するため、2005年頃に航空機の輪郭へ架空の赤い点を打ちました。本人は、航空機の選択も歴史的に正確ではなく、当時は誰かがすでに可視化していたことにも気づいていなかった、と説明しています。
つまりMollの図は、戦時中の実測データを復元したものではありません。
その図が大きく拡散する橋渡しになったのが、Kevin Drumによる2010年のMother Jonesの記事 The Counterintuitive World でした。
現在、Mother Jonesの旧URLは安定して閲覧できませんが、2016年に作られた Wikimedia CommonsのPNG版 の説明には、点の配置がMother Jonesの記事を大まかに参考にしており、そのMother Jones記事がCameron Mollをクレジットしている、と明記されています。
さらにWikimediaの記録では、McGeddonが2016年11月12日に新しい図を作成しています。ベースとなった機体は Lockheed PV-1 Ventura です。
その後、2021年にMartin Grandjeanがベクター版を作成しました。現在のSVG版 も、説明文で「Illustration of hypothetical damage pattern」と明記しています。
したがって、Mother Jonesは「図の発明者」ではありません。
より正確には、
Wainerの古い模式図とは別系統でCameron Mollが赤点版を作り、Mother Jonesがそれを広い読者層へ伝え、Wikimediaが現在の標準的な見た目へ再構成した
と考えるのがよさそうです。
3. ではWald本人は何をしたのか
最重要の一次資料は、Center for Naval Analysesが1980年に再刊した A Method of Estimating Plane Vulnerability Based on Damage of Survivors です。
これは第二次世界大戦中、Columbia UniversityのStatistical Research GroupでWaldが作成した8本のメモをまとめたものです。
Part IでWaldは、手元にある情報を明確に定義しています。
分かっているのは、
- 戦闘に参加した機体の総数
- ちょうどi発被弾したが撃墜されず、戦闘から帰還した機体の数
です。
つまりデータには最初から「帰還した」という条件がかかっています。
現在の統計用語で整理すれば、これは選択メカニズムを持つ条件付き標本です。撃墜された機体の損傷状態を直接観測できない以上、帰還機だけから全機体の脆弱性を素朴に推定すると歪みます。
Waldがすごかったのは、「見えていない機体も忘れるな」と口頭で指摘したことだけではありません。
観測できない撃墜機の情報を、帰還機の被弾分布と仮定からどう逆算するかを数理モデルとして構築したことが本体です。
400機中359機帰還の数字は「実戦記録」ではない
WaldのPart Vには非常に有名な数値例が登場します。
400機が爆撃任務に参加し、359機が帰還。
帰還機は、
- 無被弾 240機
- 1発 68機
- 2発 29機
- 3発 12機
- 4発 10機
という設定です。
さらに航空機を、
- エンジン 35平方フィート
- 胴体 45平方フィート
- 燃料系 20平方フィート
- その他 30平方フィート
に分け、帰還機で観測された202発の被弾を、
- エンジン 39発
- 胴体 78発
- 燃料系 31発
- その他 54発
としています。
ここからWaldは、1発被弾した場合の生残確率を、
| 部位 | 1発被弾時の推定生残確率 | 推定撃墜確率 |
|---|---|---|
| 機体全体 | 0.85 | 0.15 |
| エンジン | 0.61 | 0.39 |
| 胴体 | 0.95 | 0.05 |
| 燃料系 | 0.85 | 0.15 |
| その他 | 0.98 | 0.02 |
と推定しています。
ここだけ読むと、実際の戦闘記録を分析したように見えます。
しかし、その直後にWald自身が、この結果を「this hypothetical example」と明記しています。
したがって、400機、359機、39発、78発といった数字を、そのまま「第二次大戦で実際に観測された帰還機の統計」として紹介するのは危険です。
さらに部位ごとの被弾数を面積で割ると、
- エンジン 39 ÷ 35 ≒ 1.11
- 胴体 78 ÷ 45 ≒ 1.73
- 燃料系 31 ÷ 20 = 1.55
- その他 54 ÷ 30 = 1.80
となります。
ネット上で「1平方フィート当たりの実測弾痕数」として紹介されることのある数字に一致しますが、少なくともWaldのこの箇所では方法を説明するための仮想例です。
「軍は弾痕の多い場所を装甲しようとした」は創作なのか
ここは完全な創作とは言いにくいです。
Statistical Research Groupの責任者だったW. Allen Wallisは、1980年のJASAのRejoinderでWaldの航空機研究を回想しています。
Wallisによれば、軍は帰還機で最も多く被弾していた部分を防護する方向に傾いていました。一方、Waldは被弾が概ね機体全体に分布すると考え、脆弱な部分を撃たれた機体ほど帰ってこないため、帰還機ではその部分への被弾が少なく見えると推論しました。
これは有名なストーリーの核心そのものです。
ただし注意も必要です。
これは1943年当時の会議議事録やWald本人の発言録ではなく、約37年後にSRG責任者Wallisが書いた回想です。
したがって、
「軍人が図をバンと叩いて『ここを装甲しろ!』」
「Wald『いや、逆、逆!』」
といったハリウッド版Waldまで史実として認定することはできません。
核心には当事者証言があるが、会話や演出は後世に簡略化された可能性が高い
くらいが妥当です。

Wald自身は「装甲」に触れている
逆方向の誤解にも注意が必要です。
「じゃあWaldは装甲の話なんてしていなかったんだ」
と結論づけると、デマを避けようとして反対車線に飛び出します。
後半の仮想例では弾種と部位を組み合わせて脆弱性を推定し、20mm砲弾がエンジンに命中したケースで撃墜確率0.534などを算出しています。
そしてWaldは、こうして得られた脆弱性の表をprotective armorの配置を決めるガイドとして利用できると明記しています。
つまり、
「弾痕のないところを装甲せよ」という名言の一次記録は確認できないが、Waldが自分の推定法を装甲配置に利用することを想定していたのは一次資料で確認できる
ということです。
なぜこの話はこれほど美しくなったのか
Waldの原資料は数式と仮定だらけです。
一方、後世の物語は、
「翼に穴が多い」 → 「軍は翼を装甲しようとした」 → 「Waldが反対した」 → 「穴のない場所こそ危険だ」 → 「生存者バイアス!」
と、数秒で理解できます。
Cameron Mollの赤い点も同じです。実測データではありませんが、一枚見れば「見えていない機体」の存在に気づけます。
問題は、説明用のイラストがいつの間にか史料写真のように扱われ、仮想データが実測データのように語られるようになったことです。
皮肉なことに、生存者バイアスを説明する物語そのものが、複雑な史実の中から「分かりやすく生き残った部分」だけを残したとも言えます。
4. 投資・バックテストでは、この問題がそのまま起きる
ここのままだと「へー」で終わるので・・・投資家にとって重要なのは、単なる統計学の雑学ではありません。金融データでは、Waldの「帰還機」に相当するものを日常的に見ています。

現在の銘柄だけで過去をバックテストする
たとえば2026年時点のS&P500構成銘柄を取得して、その銘柄群を2000年まで遡ってバックテストしたとします。これは非常に危険。
2026年まで生き残り、しかも指数に採用されている企業を最初から知った状態で過去を再現しているからです。
途中で倒産した企業、上場廃止になった企業、指数から脱落した企業がサンプルから消えれば、過去の投資可能集合が実際より優秀に見えます。
これは航空機で言えば、基地に帰ってきた機体だけを並べて、
「見ろ、この飛行隊は全機帰還している。生存率100%だ!」
と言っているようなものです。そりゃ帰ってきた機体だけ数えれば100%やがな・・・。
正しいバックテストでは、各時点で実際に存在していた銘柄集合、つまりpoint-in-time universeを使う必要があります。
上場廃止銘柄を入れても安心とは限らない
さらに厄介なのがdelisting returnです。
Tyler Shumwayは1997年の The Delisting Bias in CRSP Data で、倒産などネガティブな理由で上場廃止された銘柄について、正しい上場廃止リターンが欠けているケースが多く、その欠落したリターンが大きいことを示しました。要は、
上場廃止銘柄のティッカーをデータベースに残しただけでは不十分
てことですな。最後の大きな損失が欠けていれば、バックテストはまだ楽観的に歪みます。
投資信託でも「死んだファンド」が消える
この問題はファンド研究でも古くから知られています。
Brown, Goetzmann, Ibbotson, Rossの1992年論文 Survivorship Bias in Performance Studies は、生き残ったファンドだけからなるサンプルでは、リターンの予測可能性まで見かけ上生じ得ることを示しました。
Malkielの1995年論文 Returns from Investing in Equity Mutual Funds 1971 to 1991 も、各年に存在したすべての株式ファンドを含むデータを使い、生存者バイアスが従来考えられていた以上に重要だと報告しています。
Elton, Gruber, Blakeの1996年論文 Survivor Bias and Mutual Fund Performance では、1976年末に存在した全ファンドを追跡し、消滅するファンドは低パフォーマンスを理由に消える傾向があるため、サンプルから落とすと評価が歪むことを明示しています。
Carhartも1997年の On Persistence in Mutual Fund Performance で、survivor-bias-freeの大規模ファンドデータを使用しています。
金融研究では、生存者バイアスは「教科書の例」ではなく、実際に推定結果を変えるデータ問題です。
FX・クリプト・自動売買ではどう考えるか
FXの主要通貨ペアは個別株ほど頻繁に「消滅」しないため、単純な銘柄生存者バイアスは株式ほど強くありません。しかし、別の場所に同じ構造が潜んでいます。
EA・ストラテジーの墓場を無視する
現在稼働しているEAだけを集めて、「この手法群は平均的に利益が出ている」と評価すると危険です。
過去に停止されたEA、破綻した口座、公開終了したストラテジーがデータから消えている可能性があります。
これは「帰還した戦略だけ」を観察している状態です。
1000個作って勝った1個だけを見る
これは生存者バイアスに非常に近い見た目をしていますが、統計的にはmultiple testing、data snooping、backtest overfittingの問題も強く含みます。
1000個のルールを試して最高PFの1つだけ残せば、その戦略は「生き残った」ように見えます。
しかし、999個の失敗を無視して1個のバックテストだけを読めば、偶然を実力と誤認しやすくなります。999体の屍の上に立つシャープ2.5です。
したがって、生存者バイアスと過剰最適化は関連しますが、同じ概念ではありません。
クリプトではさらに深刻
暗号資産では、取引停止、取引所上場廃止、プロジェクト消滅が多いため、現在取引できるコインだけで過去をテストすると非常に強い生存者バイアスが入り得ます。
「今も残っているアルトコインを5年前から等金額保有したら?」
というバックテストは、消えたトークンを最初から除外している時点で、現実の当時の投資家が直面したユニバースとは違います。
定量分析での実務チェックリスト
バックテストをするときは、最低限ここを確認したいところです。
- 各時点で実際に存在した銘柄集合を使っているか
- 現在の指数構成銘柄を過去へ遡っていないか
- 上場廃止銘柄を含んでいるか
- delisting returnを適切に処理しているか
- 合併・買収・ティッカー変更を扱っているか
- クリプトなら消滅・上場廃止トークンを落としていないか
- ファンドなら閉鎖・統合されたファンドを含めているか
- EAや戦略比較なら、失敗して捨てた候補も含めて選択過程を記録しているか
- 最良モデルだけでなく、候補群全体の分布を確認しているか
- Out-of-SampleやWalk-Forwardで「選抜後」の性能を検証しているか
要するに、バックテストを見るときに問うべきなのは、
「このチャートに入っていないものは何か?」
です。
Waldの飛行機で最も重要だったのは、赤い弾痕ではありません。
地図に載ることすらできなかった機体でした。
まとめ
有名な生存者バイアスの航空機図を一次資料から追うと、「全部本当」「全部創作」のどちらでもありません。
Waldが帰還機の損傷データから航空機の脆弱性を推定したことは事実です。帰還機だけを見ることで重要な部分の被弾が少なく見える、という有名な逆転の発想にも、SRG責任者Wallisの当事者回想があります。そしてWald自身の1943年メモには、推定した脆弱性を防護装甲の配置に使えると書かれています。
一方、現在の赤い点の航空機図は戦時中の実測図ではありません。
Wainerは1989年までに簡素な模式図を公開していましたが、現在の赤点版の直接的な祖先はCameron Mollが2005年頃に作った説明用イラストです。Mother Jonesが2010年にそれを紹介し、2016年にMcGeddonがPV-1 Venturaを使ったWikimedia版を作り、2021年にMartin GrandjeanがSVG化しました。
そしてWaldの有名な400機の数値例も、原資料では明確にhypothetical exampleです。
だからこそ、この話は「有名な逸話をデマ認定する」だけでは終わりません。
むしろ本当の教訓は一段深い。
見えているデータだけでなく、そのデータが「なぜ見える状態になったのか」を考える。
投資でもバックテストでも、勝っている銘柄、残っているファンド、稼働中のEA、美しいエクイティカーブだけを見る前に、サンプルから消えたものを探す。
80年以上前にWaldが向き合った問題は、いま私たちが金融データを扱うときにも、そのまま残っています。
主な参考資料
- Abraham Wald, A Method of Estimating Plane Vulnerability Based on Damage of Survivors, 1943 / CNA再刊1980
- W. Allen Wallis, The Statistical Research Group, 1942-1945, JASA, 1980
- W. Allen Wallis, Rejoinder, JASA, 1980
- Marc Mangel & Francisco J. Samaniego, Abraham Wald’s Work on Aircraft Survivability, 1984
- Howard Wainer, Eelworms, Bullet Holes, and Geraldine Ferraro, 1989
- Howard Wainer, Understanding Graphs and Tables, 1992
- Cameron Moll, Abraham Wald and the airplane diagram with red bullet holes, 2022
- Wikimedia Commons, Survivorship-bias.png
- Wikimedia Commons, Survivorship-bias.svg
- Brown, Goetzmann, Ibbotson & Ross, Survivorship Bias in Performance Studies, 1992
- Burton G. Malkiel, Returns from Investing in Equity Mutual Funds 1971 to 1991, 1995
- Elton, Gruber & Blake, Survivor Bias and Mutual Fund Performance, 1996
- Tyler Shumway, The Delisting Bias in CRSP Data, 1997
- Mark Carhart, On Persistence in Mutual Fund Performance, 1997


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