米雇用指標が強くドル買い継続も停戦報道で乱高下
TL;DR
昨日の振り返り
- 米国のADP雇用統計が2025年7月以来の増加幅を記録し、ISM非製造業景況指数も前月を上回る強い数字となったことで、米国の景気後退懸念が後退しました。
- 中東情勢では米国とイスラエルによるイランへの攻撃が激化し、有事のドル買いと金買いが加速しましたが、その後イラン側から停戦協議の打診があったとの報道により市場は乱高下しました。
- ドル円相場は米長期金利の上昇を背景に159円台を伺う展開となりましたが、日本政府による為替介入への警戒感やドル高の一服感から、157円付近まで押し戻される結果となりました。
今日の見通し
- アジア市場ではイランの停戦協議報道を受けたリスクオフの後退により、1ドル156円台後半での推移が続いており、過度なドル買いは抑制される見通しです。
- 貴金属市場は地政学的リスクによる下支えと米利下げ観測の後退という二つの要因が拮抗しており、本日発表の米失業保険申請件数などの雇用関連データが次の材料となります。
- 香港市場では独自の貴金属清算機関の設立や保管能力の拡充に向けた動きが本格化しており、アジア圏の現物需要が国際価格の安定化に寄与する可能性があります。
地政学的リスクの変容と米経済指標の強さがもたらす市場の流動化
2026年3月5日の国際金融市場は、中東における軍事衝突の激化という深刻な地政学的危機と、想定を上回る強さを見せる米国経済指標という、二つの巨大なうねりの中でその構造が根本的に変容しようとしています。前日の米国市場では、民間部門の雇用者数を示すADP雇用統計が前月比で6万3000人増加し、さらにISMサービス業景況指数が56.1へと上昇したことで、米国経済の驚異的な回復力が浮き彫りとなりました。これらのデータは、連邦準備制度理事会(FRB)が早期に利下げに踏み切る必要性を低下させており、市場では2026年内の利下げがゼロになるという極めてタカ派的なシナリオさえ現実味を帯び始めています。
外国為替市場に目を向けると、アジア時間においてドルの独歩高にブレーキがかかる兆しが見えています。東京市場の午前中には、ドル円が1ドル156円台後半まで下落しました。この背景には、イランの情報機関が米国に対して停戦協議を打診したというニュースがシンガポール経由で伝わり、それまで市場を支配していた「有事のドル買い」に利益確定の動きが出たことが挙げられます。しかし、イラン政府がこの報道を否定していることから、市場のセンチメントは依然として不安定であり、ニュースヘッドライン一つで数百ピップスが動くような極めてボラティリティの高い状態が継続しています。
貴金属市場においても、この地政学的リスクと金利見通しの交錯が価格を激しく揺さぶっています。金価格は一時1オンス5400ドル台に乗せる場面もありましたが、現在は5100ドルから5200ドルのレンジで推移しています。中東戦争が6日目に入り、ホルムズ海峡での緊張が原油価格を押し上げる中で、インフレヘッジとしての金需要は極めて強力です。一方で、米国の10年債利回りが4.1パーセントを超えて推移している事実は、金利を生まない資産である金にとっては強力な逆風であり、市場はまさに「有事の買い」と「ドル高の売り」が拮抗する膠着状態にあります。
以下に、2026年3月5日時点での主要な経済指標および市場価格の状況をまとめます。
| 項目 | 現在値(目安) | 前日比・変動 | 出典 |
| ドル円 (USD/JPY) | 156.57 – 156.61 | -0.87円 (円高) | 2 |
| ユーロ円 (EUR/JPY) | 182.31 – 182.39 | -0.58円 (円高) | 2 |
| スポット金 (XAU/USD) | 5,188.83ドル | +1.02% | 4 |
| スポット銀 (XAG/USD) | 85.26ドル | +2.10% | 4 |
| 米10年債利回り | 4.1%超 | 上昇傾向 | 9 |
| ドルインデックス (DXY) | 98.78 | 調整局面 | 3 |
米国経済の強靭性と金融政策の先鋭化
米国のマクロ経済環境は、トランプ政権の政策運営と相まって、予測困難な段階に入っています。今週から開始される見通しの15パーセントのグローバル関税は、輸入物価の上昇を通じてインフレを再燃させるリスクを孕んでいます。ベッセント財務長官は、この措置が長期間続くものではないとの示唆を与えていますが、市場はこれを「インフレ要因」として即座に織り込み、FRBの利下げ期待を後退させました。
労働市場の弾力性と次期議長候補の影
ADP雇用統計で見られた雇用者数の増加幅は、中東での紛争が本格化する前の調査結果であるものの、米国経済が外部ショックに対して十分なバッファを持っていることを示しています。FRB内では、ミラン理事のように3月の利下げを支持する声も依然として存在しますが、市場の関心はむしろ次期議長候補とされるウォーシュ氏のタカ派的な姿勢に向いています。ウォーシュ氏は伝統的にインフレに対して厳しい姿勢を貫いており、彼が正式に就任すれば、トランプ政権の拡張的な財政政策を抑制するために高金利政策を維持するとの見方が強まっています。
アジア為替市場における円とドルの攻防
為替市場、特にドル円相場においては、160円という心理的かつ実務的な節目が強く意識されています。
ドル円相場のテクニカル構造と介入の境界線
ドル円は、米国の強い経済指標を受けて一時159円を突破する勢いを見せましたが、この水準は1990年以来の重要な抵抗帯となっており、簡単には抜けない壁として立ちはだかっています。テクニカル分析の観点からは、RSIが50以上の中立圏を維持し、MACDも強気のサインを示していますが、一目均衡表の雲の上限や50日移動平均線が156円近辺に位置しており、現在はその水準でのサポートを確認する段階にあります。
日本政府の対応については、片山財務相が米国のベッセント財務長官と緊密な連携を確認しており、急激な円安に対してはいつでも介入の準備ができていることを示唆しています。しかし、高市首相が日銀の追加利上げに対して慎重な姿勢を見せたり、ハト派的な審議委員を起用したりするなど、政権内での通貨政策に対する一貫性の欠如が、円売り派に安心感を与えてしまっている側面も否めません。152円から154円のゾーンは、過去に強い反発を見せた重要なサポートエリアであり、ここを割り込まない限り、長期的なドル高円安のトレンドが崩れることはないと見られています。
シンガポールと香港におけるドル安の波及
アジアの金融センターであるシンガポールでは、ドルの急騰が一段落したことで、ユーロやポンド、さらには豪ドルなどの主要通貨が買い戻される展開となっています。中国が2026年の経済成長目標を4.5パーセントから5.0パーセントに設定したことも、アジア圏全体の景況感に対する一定の支持となり、これがリスク選好の動きを一部で支えています。しかし、中東情勢の不透明感が払拭されたわけではなく、市場参加者は慎重にポジションを調整している状況です。
貴金属市場における構造的需給と地政学的プレミアム
貴金属市場は、これまでの「金利上昇=金売り」という単純な方程式が通用しない、新しいパラダイムへと移行しつつあります。
金市場の強靭性と中央銀行の動向
金価格は、2026年初頭の歴史的な上昇の後、一時的な大幅調整を経験しましたが、5000ドル付近でのサポートは極めて強固であることが証明されました。現在の反発を支えているのは、投資家による安全資産への逃避だけでなく、中央銀行による継続的な現物購入です。特にアジア圏の中央銀行は、外貨準備の多角化を進めており、制裁リスクのある法定通貨よりも、実物資産としての金の保有を優先させています。
地政学的な側面では、中東紛争によるホルムズ海峡の封鎖リスクが最も注視されています。この海峡を通過する石油やガスの供給が途絶えれば、世界的なエネルギーショックが引き起こされ、金はスタグフレーションに対する唯一の防衛策として、さらなる高値を目指す可能性があります。
銀とプラチナの産業的側面と供給不足
銀は、2026年に2億オンスの供給不足が予測されるなど、極めてタイトな需給バランスにあります。太陽光発電パネルや電気自動車(EV)向けの需要は、景気動向に関わらず構造的に拡大しており、これが価格の底上げに寄与しています。スポット価格が85ドル付近で推移する中、インドなどの実需筋による買い意欲は旺盛であり、デジタルシルバーやETFを通じた資金流入も加速しています。
プラチナについても、本日の東京市場での買取価格が1gあたり11,995円と、前日比で500円以上の大幅な上昇を記録しました。プラチナは主要生産国である南アフリカやロシアからの供給不安に加え、将来的な水素エネルギー社会における触媒需要という強力な成長シナリオを有しています。工業用需要が全体の多くを占めるため、経済指標の強さが直接的に買い材料となりやすい性質を持っており、金がもみ合う中でプラチナが独歩高を見せる場面も増えています。
アジアにおける金融インフラの革新:香港のハブ化
アジアにおける貴金属取引の重要性が高まる中、香港は自らを世界的な金取引の中心地へと再定義しようとしています。
香港貴金属中央清算の設立と保管能力の拡充
香港政府は、2026年末までの試験運用開始を目指し、「香港貴金属中央清算」という全額政府出資の新会社を設立しました。この動きの背景には、金の価格決定権をロンドンやニューヨークからアジアへとシフトさせるという中国の長期的な戦略があります。香港は今後3年間で金の保管能力を2000トン以上に拡大する計画を立てており、これにより域内の国々はロンドンへ金を確認・移送する手間とコストを大幅に削減できるようになります。
このようなインフラ整備は、単なる物理的な保管にとどまらず、上海金取引所(SGE)との連携を強化することで、人民元建ての貴金属商品の流動性を高めることも目的としています。これは、将来的にドルの支配力が低下する局面において、アジアが独自の金融防衛線を構築しようとしていることを象徴しています。
市場の不確実性と投資家心理の乖離
現在の市場で最も懸念されるのは、実体経済の好調さと地政学的な破滅リスクが共存しているという矛盾した状況です。
スタグフレーションの足音と「金の独り勝ち」
豊島氏の分析によれば、原油価格が100ドルを突破し、それが物価高と不況を同時に引き起こすスタグフレーションへと発展した場合、金はあらゆる資産の中で唯一の勝者となるポテンシャルを持っています。一方で、現在の米経済指標は「スタグ(停滞)」の兆候を見せておらず、むしろ「景気拡大によるインフレ」の様相を呈しています。このため、金は利回り上昇という重石に苦しみながらも、戦争という保険のために手放せないという、投資家心理の板挟み状態にあります。
雇用統計に向けた待機モード
市場の関心は、明日発表される米雇用統計へと完全に移行しています。ADP雇用統計の強さが公式な統計でも裏付けられれば、FRBの利下げ期待は完全に消滅し、ドル円は再び160円を目指す動きを強めるでしょう。逆に、雇用に陰りが見えれば、中東情勢の不透明感と相まって、ドルの調整が本格化する可能性があります。
2026年3月5日のトレード戦略
本日の市場環境下において、投資家がとるべき戦略は、突発的なニュースに振り回されない「冷静なレンジ取引」と「構造的トレンドへの追随」の組み合わせです。
為替市場、特にドル円については、157.50円付近を上限とした戻り売りを検討すべき局面です。イランの停戦協議報道により、市場には一旦ドル高のピークアウト感が漂っています。156.50円を明確に割り込む展開となれば、次のターゲットは154.50円近辺まで広がりますが、そこには依然として強力な買いオーダーが控えていると考えられます。そのため、短期的なショート(売り)ポジションを保有しつつも、主要なサポートレベルでの利益確定を早めに行うことが推奨されます。
貴金属市場、特に金(XAU/USD)においては、5100ドルから5150ドルのエリアでの押し目買いを継続するスタンスが有効です。地政学的リスクが解消される見通しは立っておらず、下値は中央銀行や現物需要によって固められています。5200ドルを明確に上抜けた場合は、さらなる高値追いの展開が予想されますが、米長期金利の推移を常に監視し、利回りが4.2パーセントを超えるような場面では、一時的なヘッジとしての売りも検討すべきです。
プラチナと銀に関しては、金よりもボラティリティが高いことを念頭に置く必要があります。プラチナは12,000円(国内買取価格)という節目が強力なレジスタンスとなっていましたが、これを突破した現在は、11,500円付近までをサポートとした強気姿勢を維持できるでしょう。銀については、金に比べてボラティリティが激しいため、レバレッジを低く抑えつつ、2026年の構造的な供給不足という長期的なテーマに投資するのが賢明です。
最後に、アジア市場、特に香港の現物プレミアムの動きに注目してください。国際価格とアジア現物価格の乖離が拡大している場面では、アジアの買い意欲が国際価格を牽引する先行指標となることがあります。世界が不安定化する中、アジアの金融拠点が見せる「価値の保存」に対する新しいアプローチは、投資家にとって重要な示唆を与えてくれるはずです。
免責事項: 本レポートに含まれる情報は、情報提供のみを目的としており、投資助言を意図するものではありません。実際の取引においては、ご自身のリスク許容度に合わせて判断を行ってください。
引用文献
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