今回は、ジャック・D・シュワッガーとジョージ・F・コイルの新作『Market Wizards: The Next Generation』を紹介します。
1989年の初代『Market Wizards』から37年。PC、アルゴ、高頻度取引、巨大クオンツ、膨大なデータ……市場は別物になりました。
それでも本書に出てくるのは、巨大ファンドではなく個人または小規模で戦う9人のトレーダーです。しかも、その成績がかなり異常。
「個人トレーダーの時代はもう終わったのでは?」
そう思っている人ほど、面白く読める一冊だと思います。
スライドや動画で深く理解したい方はこちら。
この本で一番おもしろかったこと
僕が一番おもしろいと思ったのは、勝っている手法がバラバラなのに、勝ち残るための原則はかなり似ていることです。
小型株のショート、ブレイクアウト、ニュースへの超短期反応、農産物スプレッド、オプション売り、イベントドリブン。
やっていることだけを見ると、共通点がない。ところが一段抽象化すると、
- 自分のエッジがある場面だけを狙う
- 相場環境が合わなければ休む
- 1回の損失を限定する
- 優位性が大きい時だけサイズを上げる
- 勝率ではなく期待値を見る
- 手法が効かなくなれば変える
- ルール違反を自分自身から防ぐ
という、かなり古典的な原則に戻ってきます。
結局、最新の市場でも最後に効くのは「秘密のインジケーター」ではなく、セットアップ × 環境 × サイズ × 出口なんですよね。
9人の次世代マーケット・ウィザード
本書に登場する9人をざっくりまとめるとこんな感じ。
| トレーダー | 主なスタイル | 本書で目立つ実績・特徴 |
|---|---|---|
| Kristjan Kullamägi | 米国株スイング、小型株ショート | 5,000ドルからピーク1億ドル超。勝率は約25~30% |
| Lance Breitstein | デイトレード、ニュース、短期スイング | プロップで4,600万ドル、独立後5年で7,000万ドル超 |
| Simon Russo | 小型株ショート、モメンタム | 4万ドルから累積利益5億ドル超、年率複利159.7% |
| Lukas Fröhlich | 小型株ショート、ブレイクアウト | 市場環境に合わせて戦略を大きく変える適応型 |
| Phil Goedeker | 小型株ショート、オプション売り | 5,000ドルから5,000万ドル超、20年で負け越し年は1回 |
| Kelvin Chiu | 先物スプレッド、相対価値 | 独立後7年以上で年率複利108.7% |
| Jason Berry | 短期モメンタム、スプレッド | 14年間でマイナス月はわずか5回 |
| Kenny Sharkness | イベント、VWAP、複数戦略 | 2015年以降の年率複利62.9%、高いリスク調整後リターン |
| Rick Bandazian Jr. | 超短期イベントドリブン | 11年以上マイナス月なし。複雑な開示情報を高速で読む |
数字が派手すぎて笑ってしまいますが、本書はパフォーマンス検証にもかなりページを割いています(それでも批判はかなりある)。
ただし著者自身も「100%絶対に正しいと命を賭けることはできない」と明記しています。ブローカー明細、税務資料、外部検証などを使って確認しているものの、口座サイズ、税金、出金、運用可能額などの条件は人によって違うため、単純なランキングとして読むべきではありません。
クリスチャン・クッラマギが一番刺さった
個人的に一番参考になったのは、やはりクリスチャン・クッラマギ。
元警備員で、大学も中退。何度も口座を飛ばした後、5,000ドルから1億ドル超まで増やしたトレーダーです。
彼の主力は3つ。
| セットアップ | 考え方 |
|---|---|
| エピソディック・ピボット | 重要ニュース、ギャップ、異常な出来高で市場の評価が一変した銘柄を買う |
| モメンタム・バースト | 強い上昇銘柄が数週間もみ合った後のブレイクを買う |
| パラボリック・ショート | 数日で数百%上昇した小型株が弱くなった瞬間をショートする |

面白いのは、エントリー手法よりも「いつやらないか」が明確なこと。
ロングのエピソディック・ピボットやブレイクアウトでは、10日移動平均と20日移動平均を使って市場全体の環境を判定します。
両方が上向きなら攻める。10日線が20日線を下回り、全体が下向きなら慎重になる。
メチャシンプル。
ところが2022年、本人はこのルールを破りました。
1億ドル到達後、6,000万ドルを失う
クッラマギは2020年を約350万ドルで始め、年末には約3,600万ドル。そこから2021年11月には一時1億500万ドルまで到達します。
問題は、その成功そのものが心理を壊したことです。
本人いわく、トレードが「勝ち続けるビデオゲーム」のように感じられ、現実感を失った。
そして市場が下落相場に入っているのに、10日・20日移動平均のフィルターを無視してロングを続けました。
ピークから2022年半ばまでの損失は約6,000万ドル。
しかも、一発の巨大損失ではありません。
本来やるべきでない環境で、小~中規模の損失を何度も積み重ねた結果です。
本人は、10日・20日移動平均のルールを守っていれば損失の約90%を避けられたと振り返っています。
大損というと「一回の無謀な賭け」を想像しがちですが、実際にはエッジがない環境で普通のトレードを繰り返すだけでも口座は壊れる。
裁量でもシステムでも同じですね。
勝率25%でも問題ない
クッラマギの勝率は、およそ25~30%。かなり低い。それでも巨額の利益を残せたのは、負けを小さくし、当たった時に大きく伸ばしているから。
本書でも強調されていますが、見るべきは勝率ではなく期待値です。
期待値 = 勝率 × 平均利益 - 負け率 × 平均損失
勝率80%でも、1回の負けで10回分を吐き出すなら弱い。
逆に勝率30%でも、平均利益が平均損失の何倍もあるなら十分に成立します。
トレード界隈ではどうしても「勝率○○%」が目立ちますが、単独ではほぼ意味がありません。
バックテストを見る時にも同じ。勝率より、
- Payoff Ratio
- Profit Factor
- Expectancy
- 最大ドローダウン
- 損失分布
- 連敗数
をセットで見るべきです。
「悪いトレード」より「悪いサイズ」が人を殺す
Lance Breitsteinの言葉で、かなり好きなのがこの考え方です。
悪いトレードそのものより、悪いポジションサイズの方が危険。
どれだけ優秀なセットアップでも、未来は不確実です。だから重要なのは「正しいか」ではなく、間違っていた時に何%失うのか。
本書のトレーダーたちはリスク量の決め方こそ違いますが、共通してサイズをかなり意識しています。
クッラマギは通常、1トレードのリスクを口座の0.5~1%以内に抑える。
Kenny Sharknessは調子が悪い時にサイズを極端に落とす。
Kelvin Chiuはファンダメンタルズで確信度とサイズを決め、テクニカルでタイミングを取る。
つまり「エントリー条件」だけを作っても戦略は完成しません。
いつサイズを上げるか、いつ落とすかまで含めて戦略です。
11年間負け月なし。それでも秘密は「予想」ではない
Rick Bandazian Jr.は、11年以上マイナス月なしという異常な成績を残しています。

彼が狙うのは、M&Aやアクティビスト介入などのイベント。
SEC提出書類やヘッドラインを高速で読み、市場が文章の意味を誤解した数分間を取りに行く。
AIやアルゴが強くなっても、複雑な文脈・例外・法的ニュアンスを即座に解釈する領域には、人間の余地が残るということです。
もちろん、このエッジも永遠ではありません。だから彼は圧倒的な準備と監視を続ける。本書を通して何度も出てくるのが、エッジは固定資産ではなく、劣化するものという考えです。
非対称なトレードを探す
Kelvin Chiuの章も、定量分析が好きな人にはかなり面白い。

彼は農産物先物などで、単純な上か下かではなくスプレッドや相対価値を使います。
重要なのは、予想を当てることではなく、外れた時の損失に対して、当たった時の利益がどれくらい大きいか。
本書の9人は手法こそ違いますが、かなりの人がこの「非対称性」を作ろうとしています。
- 小さく負けて大きく勝つ
- 平時は小さく、A+セットアップだけ大きく張る
- 分からない時は何もしない
- 価格が自分の仮説を否定したらすぐ撤退する
予測精度を100%に近づけるのではなく、間違えても生き残り、正しい時に大きく取る構造を作る。
これがトレードの本質なんでしょうね。
一番怖いのは「負けた後」ではなく「勝った後」かもしれない
本書を読んでいて何度も感じたのがこれ。初心者は、負けた後に感情的になる。でも上級者は、大勝ちした後に壊れることがある。
クッラマギの6,000万ドルドローダウンが典型ですが、絶好調になると、
- サイズが大きくなる
- ルールを軽視する
- 「自分だけは違う」と思う
- 苦手な相場でも手を出す
- 研究量が落ちる
- 私生活の変化で集中力が落ちる
という事故が起きやすい。
つまり、ドローダウン制御だけでなくアップスイング後のリスク制御も必要。確かに僕も買って兜の緒を締めるは好きなことわざ。
「連敗したらサイズを落とす」は普通にやりますが、過去最高益を更新した直後ほど、いったんサイズを固定する
というルールがあってもいいと思います。
デイトレーダー・システムトレーダー向けTODO
この本から実際のトレードに持ち帰るなら、こんな感じ。
1.セットアップごとに「得意な環境」を定義する
ブレイクアウト、逆張り、平均回帰を全部同じ環境で動かさない。
- 上昇トレンド
- 下降トレンド
- 高ボラ
- 低ボラ
- 指標直後
- レンジ
など、どこで期待値が高いかを分けて検証する。
2.1トレードの最大リスクを固定する
ストップ幅だけでなく、口座に対して何%を失うのかからロットを逆算する。
3.勝率ではなく期待値を記録する
勝率だけではなく、平均利益、平均損失、Profit Factor、最大DDまで見る。
4.A+セットアップの画像を保存する
クッラマギは優れたセットアップのスクリーンショットを蓄積し、定期的に見返していました。
これは有名な話だけどほとんどの人がやらない。
「負けたチャートを反省する」だけでなく、理想形を脳に覚えさせることが大事かと。
5.絶好調の後にサイズを上げすぎない
利益が急増した時ほど、自分の能力と相場環境を混同しやすい。
大勝ちした直後はルールを変えない。
6.手法が効かない時は、自分ではなく環境を疑う
同じ手法が突然ダメになる時、技術が消えたのではなくレジームが変わった可能性がある。
これは定量戦略でも非常に重要です。
「魔法の手法」を探す本ではない
タイトルは『Market Wizards』ですが、読後に残るのは魔法とはほぼ逆です。
勝っている人ほど、
- 地味に検証する
- 同じセットアップを何千回も見る
- 小さく損切る
- 待つ
- サイズを管理する
- 毎日記録する
- 市場に合わせて変化する
という、ものすごく地味なことを繰り返しています。
クリスチャン・クッラマギの「自分は何も発明していない」という姿勢も象徴的。
誰かのアイデアを知る。自分で検証する。自分の性格と時間軸に合わせる。そしてルールにする。
裁量でもEAでもPine Scriptでも同じだと思います。
まとめ:個人トレーダーはまだ戦える。ただし簡単ではない
『Market Wizards: The Next Generation』は、「アルゴとAIの時代でも個人は勝てる」という希望を与えてくれる本です。
ただし、楽観的な本ではありません。
9人の実績を見ると夢がありますが、その裏には、
- 何度もの口座破綻
- 長時間の研究
- 異常な集中力
- 損切りの徹底
- 相場環境への適応
- 成功後の慢心との戦い
があります。
シュワッガーが最後に強調しているのも、誰でもマーケット・ウィザードになれるという話ではありません。必要なのは、情熱、適性、努力、そして自分をコントロールする仕組み。
特に「勝率より期待値」「手法より環境」「エントリーよりサイズ」「負けた後だけでなく勝った後も危ない」の4点は、日々のトレードやバックテストにそのまま持ち込めます。
英語の本ですが、トレードを長く続ける人なら読む価値は大きいと思います。
それでは、今日も良いトレードを!


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